彩色日記

その日を彩った出来事を毎日更新するブログです

「先立つ幸をご享受ください」 2023.05.11

 僕が今轢死体になったら誰が悲しむだろうか。僕が自分で考える限り、言い切れるのは母方の祖母だけだ。加えて、多分祖母の中で、僕はそこそこ幸せな大学生ということになっていると思う。実際そんなことはないが。だから「本当の僕」が消えて悲しむ人はいないはず。

 

 悲しむというか迷惑が掛かるのはバイト先とゼミの人たちかもしれない。でも前者はまた募集すれば全くといっていいほどダメージはないだろうし、後者に関しては、人数が奇数になるけど全体的にみたらコミュ障が消えて他の人たちの関係はさらに円滑になるだろう。結局今、自分の存在価値を自分で創造しているに過ぎない。

 

 でも自分で創造するのにも限界がある。それより受ける不幸とか苦労とかのが大きい日が大半だ。なんせ人、特に若い人と道ですれ違うだけ、電車で近くにいるだけでも気疲れする。自分にとって生きるメリットはなくて、自分が消えて他人にとってはメリットが大半。現状、これ以上生きる必要性をあんまり見出せない。

 

 芸能界できらきらしてる俳優さんが羨ましい。一般人でも学校で一軍とか持て囃されてる人たちも羨ましい。そういう記憶も未来もない僕は、早めに人生をリセットすべきなんじゃないか。マリオと同じような感覚。残基を一つ減らすだけでスタート地点に戻れるならそうすべきかもしれない。

 

 もうルックス至上社会において、生まれ持った醜態をさらし続けるのは苦しいものがある。採用の現場で一部用いられている「SNSフォロワー数」なんて、ルックス審査かお笑いオーディションのようなものだ。フォロワー数なんて見た目が良いか面白いことを思いつけるかのどちらかで決まる。僕も一時期は「見た目じゃなくて中身だ」とか考えて社会を中身重視に変えたいとか思っていた。だけど中身重視社会は松葉杖くらいのスピードでしか成長していないのに見た目社会はリニアくらいの、地に足着かないスピードで成長していった。

 

 おまけに僕はアルコールに弱いからそういう席にも行けない。どの方法でも社会に迎合できない。最近はどうしたら楽に逝けるかばかり考える日々。でも実行しようとしても、どうしても生存本能が邪魔してくる。だから僕は自殺、未遂でもできる人を尊敬している。

 

 表面張力状態をプラマイ0の日々で耐えるだけ。何か大きめの不幸に襲われたらいよいよ無理だ。頭がふらふらしてきた。喉辺りが苦しくなってきた。頭も痛い。明日もこの日記は更新されるだろうか。もうゴールしてもいいかもしれない